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京都地方裁判所 昭和57年(わ)1463号 判決

被告人 浅井昌弘 ほか二人

主文

被告人浅井昌弘を懲役一年に、被告人榎英充を懲役二年六月に、被告人白石加夫を懲役八月に処する。

被告人榎英充に対し、未決勾留日数中一三〇日をその刑に算入する。

被告人浅井昌弘、同白石加夫に対しこの裁判確定の日からそれぞれ三年間その刑の執行を猶予する。

被告人榎英充から、押収してある四五口径自動けん銃一丁(証拠略)、四五口径用実包六発(証拠略)、二五口径用実包九発(証拠略)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人浅井昌弘は、山口組系章友会内浅井組の組長であり、被告人榎英充、同白石加夫は同組の組員であるが、昭和五七年八月一二日、京都市中京区桝屋町桑原町柳四丁目菊屋町合一番地所在の京都地方裁判所入札場において、同裁判所が債権者京都信用金庫の競売申立に基づいて行う債務者京都木材工業株式会社所有にかかる京都府宇治市槇島町一八の一番地一他八筆合計五、七一五・六五平方メートルの宅地及び同町一八の一番地の一に所在する鉄骨造スレート葺二階建工場建物の入札に際し、弁護士松村美之が上田登の代理人として右物件に入札したことを察知するや、被告人浅井昌弘が実質的な経営者である弘栄興産株式会社において落札するため右弁護士に入札を取り下げさせようと企て、三名共謀のうえ、同日午前一〇時二〇分ころ、入札を済ませて自己の事務所に帰ろうとする右弁護士を右入札場南側の段階で取り囲み、右物件の入札を取り下げるように迫り、同人がこれを拒否するや、同所及び同階段下の一階廊下において、同日午前一一時ころまでの間、「帰らせてほしい。」と申し出る右弁護士に対し、その進路をふさいで取り囲んだうえ、こもごも、「京都木材の入札は取りやめてくれ。」、「仮に落札できてもうまいこといかへんぞ。」、「わしらがこの物件に長い間力を入れてたんやから、それを横からさらつて行くようなことをするのは汚ないやり方や。」などと語気鋭く、かつ執拗に申し向け、右弁護士に危惧、畏怖の念を生ぜしめてその自由意思を制圧し、執行官に右入札の取り下げを申し出させるなどし、もつて威力を用い公の入札の公正を害すべき行為をし

第二被告人榎英充は、法定の除外事由がないのに

一  同年一一月七日午前一時ころ、大阪市都島区東野田町四丁目四番九号所在の山下マンシヨン三〇四号室において、フエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約〇・〇三グラムを水に溶かし、自己の左腕に注射して使用し

二  同年七月一六日、同区東野田町四丁目一番八号所在の愛美マンシヨン三階三〇二号室の長村紀子方居室において、自動装填式けん銃一丁(証拠略)及び火薬類であるけん銃用実包一五発(証拠略)を所持し

三  同月二一日、大阪府箕面市船場西一丁目一五番地の一所在の自宅において、連発式けん銃一丁を所持し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(争点に対する判断)

一  弁護人は、本件の入札者上田登の如く民事執行法付則二条の規定による廃止前の競売法(以下「旧競売法」という)上の入札者は入札後その入札を取消すことができずその地位を妨害するに由ないのであるから、被告人三名の判示第一の所為は競売入札妨害罪(刑法九六条の三第一項)の構成要件に該当しない旨主張する。そこで検討するのに、なるほど一度提出した入札書の変更又は取消ができないとするのが旧競売法下での実務上の運用であり、その旨入札書の注意事項欄にも明記されているところである。

しかしながら、そもそも刑法九六条の三第一項が公の競売または入札に対する妨害行為を処罰する理由は、競売等の主体が国家または公共団体である関係上、特にその公正を保持することが要請されるため、その公正を害する危険のある行為を取締る目的に出たものと解すべきで、それによつて一私人たる入札者が自由に入札を行ないうることに基づく経済的利益が保護されるとしてもそれは単に前者の反射的効果にすぎないと言うべきである。そうだとすれば、同項にいう「公正ヲ害スヘキ行為」とは、一連の公の競売または入札手続に時間的、場所的に接着してなされた行為で一般人をして右手続の公正に疑いを抱かしめる行為を言うのであつて、現実に公の競売または入札の公正が害されたことは必要でないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告人三名は、前記上田の入札直後開札前に裁判所構内のしかも競売場にごく近接した場所で判示の如き所為に出たもので、これが一般人をして問題の入札の公正に疑いを抱かしめるであろうことは多言を要せず、法律上も最高価入札人に対して不当な圧力をかけ、競落代金の支払を断念させ再競売にもちこむ余地も残つていることを考えればなおさらである。

したがつて、被告人三名の判示所為が刑法九六条の三第一項にいう「公正ヲ害スヘキ行為」に当るのは明らかであつて、弁護人の主張は採用できない。

二  次に、弁護人は、被告人らは未だ同項にいう「威力」を用いたものとは言えないと主張するが、右にいう「威力」とは、人の自由意思を制圧するような有形無形の勢力を示すことをいうと解すべきところ、これを本件についてみると、一見して暴力団員とわかる風体の被告人らが入札を終えて入札場から出てきた松村美之弁護士と上田登を取り囲み、こもごも判示の如く語気鋭く申し向け、事務所に帰らせてほしいとする同弁護士の要求にも応ぜず入札の取下げを執拗に求めたもので、右松村、上田の自由意思が現実に完全に制圧されることも必要でないから、被告人らの右行為が同項にいう「威力」に当ることも明らかである。

したがつて、この点に関する弁護人の主張も採用できない。

(累犯前科)

被告人榎英充は、昭和五一年一〇月二五日大阪地方裁判所で営利拐取、恐喝、拐取者身代金取得、詐欺罪により懲役五年に処せられ(昭和五二年一一月三〇日確定)、昭和五六年五月二二日右刑の執行を受け終わつたものであつて、右事実は検察事務官作成の前科調書及び判決書謄本により認める。

(法令の適用)

被告人三名の判示第一の所為は刑法六〇条、九六条の三第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人榎英充の判示第二の一の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に、同判示第二の二の所為のうちけん銃所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、実包所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条に、同判示第二の三の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、それぞれ該当するところ、被告人浅井、同白石については、判示第一の罪の所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人浅井を懲役一年に、同白石を懲役八月にそれぞれ処し、情状により刑法二五条一項を適用して右両名に対しこの裁判の確定した日からそれぞれ三年間右各刑の執行を猶予することとし、次に被告人榎については、判示第二の二の罪は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い判示けん銃所持罪の刑で処断することとし、判示第一、第二の二、三の各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、同被告人には前記の前科があるので刑法五六条一項、五七条により判示各罪につきそれぞれ再犯の加重をし、同被告人の判示第一、第二の一ないし三の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入し、押収してある四五口径自動けん銃一丁(証拠略)は判示第二の二の銃砲刀剣類所持等取締法違反の四五口径用実包六発(証拠略)及び二五口径用実包九発(証拠略)は判示第二の二の火薬類取締法違反の各犯罪行為をそれぞれ組成した物で、いずれも同被告人以外の者に属しないから、刑法一九条一項一号、二項本文を適用してこれらを同被告人から没収することとする。

(量刑の事情)

被告人らの競売入札妨害の犯行は、厳粛な法執行の場たるべき裁判所の構内で自己らの関係者の落札を図る目的で他の入札者に対し暴力団の威勢を示しつつ力をもつて公然と入札の取下げを強要するなどして入札手続を妨害し競売入札制度の公正を害する危険を生ぜしめたものであつて、その大胆な法秩序無視の態度には目に余るものがあり、以上本件の罪質、動機、態様に徴すれば、首謀者的立場にあつた被告人浅井は勿論、従たる立場とはいえ他の被告人二名の刑事責任も重大である。

しかしながら、弁護人指摘のとおり本件一連の事件にあつては関係者も相当数にのぼるのに被告人らと同等ないしそれ以上の役割を果したと思われる者が必ずしも起訴されておらず、起訴された他の関係者に対する処罰も罰金刑等比較的寛刑にとどまつていることにはやや釈然としないものを残し、この点は被告人らに対する刑の量定上も考慮に入れざるを得ない。

以上の点に加え、被告人三名とも各自の犯行について反省の情も認められ、被告人浅井、同白石についてはいずれも懲役ないし罰金刑の前科が相当数あるものの比較的以前の事犯で本件とは罪質も異にすること、被告人榎については前刑の終了後一年余りで本件の犯行に及び本件の保釈中に覚せい剤を使用し、他にもけん銃、実包所持の犯行も犯していることなど本件に顕れた諸事情を総合考慮のうえ主文のとおり量刑した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 西村清治 小澤一郎 坂倉充信)

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